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「人材」じゃなくて「人財」どんな意図が? 起源は高度経済成長期に
好景気が作りだした働き手の理想像
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好景気が作りだした働き手の理想像
当社は「人財」をお待ちしています――。求人広告などを読み、そんな文言が目に入った経験はないでしょうか。「『人材』の誤記?」と思いきや、さにあらず。アルバイトの採用基準から事業説明まで、企業が発する様々な情報に含まれているのです。地下鉄の広告で、偶然目にした筆者は、その使い方に疑問を持ちました。一体、どんな経緯で社会に広がったのか? 経済誌を手がかりに調べてみると、人々が好景気の恩恵を得ていた、高度成長期にルーツがあると分かりました。(withnews編集部・神戸郁人)
筆者が「人財」の二文字を意識したのは、昨年夏のことです。通勤のため乗り込んだ地下鉄で、何の気なしに見た、ある人材派遣業者の中吊り広告。目をやると、次のような趣旨の文章が載っていました。
「私たちが選りすぐった人財の力で、御社の業績アップに貢献します」
人に財産の「財」を組み合わせるなんて、大げさだなぁ。新型コロナウイルスがはやって、経営の先行きが見通せない企業が増えているためだろうか……。
そういぶかしんだ瞬間、昔の記憶がよみがえりました。学生時代のアルバイト先が、求人誌の募集要項で、全く同じ用語を使っていたことを思い出したのです。筆者は現在32歳。少なくとも、10年ほど前には存在していた計算になります。
にわかに気になり始め、ネット上で「人財」と検索をかけてみると、出るわ、出るわ。「人財を活かす」「会社は人財が資本」「人財を重視せよ」。ありとあらゆる企業のホームページや、働き方にまつわるポータルサイトに、これでもかと躍っていました。
用例の「見本市」とも言うべき状況に驚きつつ、筆者の心の内で、むくむくと疑問が頭をもたげてきます。
「一体、誰にとっての、何のための『財』なんだろう?」
「人財」という言葉について、企業活動と切り離して語ることはできません。もしかしたら、経済状況の変化と、言葉としての広がり方は関係しているのではないか。そう考えて、国会図書館で経済の専門誌を調べてみました。
国会図書館の書籍検索画面で「人材」「人財」と打ち込むと、1千冊強の雑誌や単行本などのタイトルが表示されます。このうち、働き手を「人財」と表現している資料を抽出。1968~2020年の52年間に発行された、計419冊を分析対象としました。
どうやら「人財」を巡る歴史は、思っていたよりも長そうです。まずは、日本経済が上り調子だった高度成長期に、どのように扱われていたか見ていきましょう。
筆者が最初に開いたのは、1968年発行『設備投資の経営学』(実業之日本社)です。著者の奥村誠次郎さんは、「人財勘定とマン・パワー 」と題した章で、人材をコストと捉える「人財勘定」の概念について説明します。
終身雇用を前提として、企業が社員に定年まで支払う人件費と、固定資産や設備投資の金額とを比べてみる。投じた費用を回収し、業績を最大化するには、社員にどの程度活躍してもらわないといけないか――。内容は、おおよそ、そのように要約できます。
この時期の日本は経済発展に沸いていました。64年の東京五輪開催も追い風となり、各地でインフラ整備などが進み、社会全体の景色が様変わりした頃です。内閣府によると、60年代の年度別国内総生産(GDP)は、名目・実質とも前年度比で二桁前後の高い伸び率となっています。
事業にお金をかけた分だけ、利潤が生まれる。好景気に対する揺るぎない信頼は、働き手をも「投資」の対象とみるスタンスを、世に広げていきました。
「企業戦士」「モーレツ社員」といった流行語が、高度成長期に生まれたことは有名でしょう。「サラリーマンは労働に没頭するものだ」。そんな考え方が当然視される時代が到来し、優秀な働き手である「人財」の価値は、ぐんぐん高まっていったのです。
そしてこの時期、「企業の期待に、進んで応える労働者こそが理想的」との認識が、社会で広く共有されていたことを示す資料も残っています。
69年5月発行『実業の日本』(実業之日本社)の特集「能力開発制度 自己申告が咲かせた〝人財〟の花」が、その一つです。要点に触れてみましょう。
文中では、成長を求め続ける労働者を「人財」と定義。その上で、企業が行う「人材教育」の様子が紹介されます。
閉店後に実施する会計講座や英会話レッスン。業績を上司に自己申告し、人事評価に反映する考課制度――。企業は「自己啓発」の資源を提供する存在として描かれます。まるで、孵化(ふか)しようとするひなのため、卵の殻を外からつつき助ける親鳥のように。
ここで前提となるのは、あくまで自助努力です。特集を締めくくる一文は、企業側の視点を、シンボリックに表していると言えるでしょう。
生き馬の目を抜くような、激しい企業間競争に打ち勝ち、事業の規模を拡大する。そのために、自己研鑽(けんさん)を怠らない。そんな「人財」像が、一連の資料から見て取れます。
一方で、時間とお金をかけて働き手を育てようとする、企業側の姿勢も垣間見えました。「社員を一人前に育てるのが雇用者の責任」という認識が、明確に共有されていたことの裏返しと考えられそうです。
その意味で、高度成長期の「人財」イメージは、経営者・労働者それぞれが、双方向的につくり上げたものと言えるかもしれません。
・「会社にとって人は宝、―だ」
・「企業は人材という材料を仕入れ、―という商品をつくらねばならない」
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